
Artist's commentary
ナンジャ漏
当説明文が3000字を越えた為、小説として提出。
novel/22101711
Source: https://www.pixiv.net/artworks/113654478
【小説】100万ボルトに勝る絶景
pixiv #113654478 »
のキャプションに書いていた文章。
しかし加筆の果てに3000字を越えてしまった故、小説単体で出すことに。
———
「ナンジャモさん、ジムチャレンジの依頼です。」
「うえぇ!?またぁ……?」
インフルエンサーとジムリーダーの兼務は多忙だ。
またジムチャレンジが大規模で、かつ生放送により自身がその一端を担う以上、
その間を休憩に充てるということもできず、挑戦者毎における彼女の拘束時間は他のジムと比較しても長い。
ましてやその日は、アカデミーで宝探しが始まったこともあり、特筆して挑戦者が多かった。
メディア露出によりジムリーダー内でも特に人気高い彼女のジムであるがゆえに、我先にと挑む視聴者チャレンジャーも多いのだろう。
もっとも、インフルエンサーとして人気者というのは彼女の目指すところであり、有難いことではあるのだが。
「今バトり終わったばっかなんだけどなあ……。」
「申し訳ございません……。至急対応お願いします……。」
心底申し訳なさそうなジム受付からの電話を切ると、はあ、と溜息をつく。
今日は昼過ぎからずっと、ジム戦が終わっては一息つく間もなく次の挑戦者がやってくる。
一気に複数人やってきてくれるなら、せめてまとめて対応するといった手段もあるのだろう。
しかしアカデミーより程よく離れたハッコウシティであるために、
休息を挟んだとしても、それなりに頑張れば一日で到達しジム戦まで行えてしまう。
だからこそ時間がまちまちで、彼女は絶え間ないジム業務により休息の暇を得られなかった。
……体力には自信がある方だ。配信者としてそれなりに体を張ったりいろんな地に赴いたりするため、
こと休憩不足による体力面での心配はしていなかった。
問題は、避けえぬ生理現象の方である。
当然休憩はなくとも、ジムチャレンジやジム戦など放送中でも水分補給は行う。
だがそうすると、どうしても溜まるものがある。
(んぅ……、最後に行ったのいつだっけ……)
廊下横のトイレが視界に入り、ふとそんなことを考える。
既に相当な量がたまっているのを感じる。流石に先に済ませた方がいいだろうか。
(……でもチャレンジャーを待たせたことでリーグにクレームとか入れられたら、オモダカ氏から大目玉くらっちまうからなぁ……)
逃げ道の無く膨れる違和感とトイレを横目に、彼女は急ぎ足で本日幾度目かもわからないジムチャレンジへ向かった。
ー
(うー……っ、やっぱりあそこで行くべきだった)
呼気がか弱く伸びる。
ナンジャモは先の自分を呪っていた。
ジムチャレンジに思いの他時間がかかり、
またようやく解放されたと思った瞬間続けざまにジムバトルの申し込みをされたのだ。
トイレの入り口まであった踵をやむなく反し、ぎこちない足どりで進む。
その一層膨らんだ下腹部を抱え、バトり場へ赴き、そして今に至る。
「ニャローテ!でんこうせっか!!」
ニャローテの速い攻撃が、抵抗なくルクシオに直撃する。
「……っ」
だんだんとポケモンに指示が出せなくなってきていた。
意識はバトりや放送よりも、次第に括約筋に注力される。
「ルクシオ、戦闘不能!!」
ついに手持ちは最後の一体に。だが同時にそれは光明でもあった。
粗雑な指示しかできなかったポケモンには申し訳ない。
でも、それ以上にトイレに行きたいのだ。出来るなら、この試合を放棄して、一秒でも早く。
しかしジムリーダーとしての責任が、到底それを許しはしない。
「ちょっぴり ピンチかもっ……」
エースを繰り出す前のいつものお決まりのセリフであるが、今回ばかりはその限りでない。
事実本当に危機的状況で、あるいは全世界に取り返しのつかない恥を晒すかもしれない。
既に、オーバーサイズなコートの左袖からはこっそりと腕が抜かれており、
その今にも破られかねない門を、誰にも見えないように、しかし必死に押さえつけていた。
普段のバトり時のステップも我慢の故に頻度が上がっており、その限界が近いことを身体が自分に報せてくる。
……コメントでも、普段と明らかに調子が違うことを指摘されているのだろうか。
「……おね、が……いっ ムウマージ!」
ここにきて今更気が付く。強い光と風を放つテラスタルを、今、この状態でできるのかと。
目前に迫った最悪の結果を想像し、背中を冷たい汗が伝う。
それだけは出来ない。どうにかこのまま波風を立てず、かつ迅速にジム戦を終わらせなければならない。
「んうっ……ムウマージっ、チャージビーム!」
テラスタルせずに放たれたチャージビームが挑戦者のニャローテに直撃し、また追加効果でムウマージのとくこうが上昇する。
(ふうっ… これで有利に……。大丈夫…。このまま勝って、放送を終えて、トイレにー)
挑戦者がニャローテに声掛けをしたのち、こちらに顔を向ける。
「……あの、テラスタルしないんですか?」
至極当然の疑問。
テラスタルは近年のパルデア地方を象徴する文化であり、ジムリーダーもまた自分のエースを得意タイプにテラスタルさせることで本領を発揮する。
ナンジャモの場合、特性ふゆうのムウマージをでんきタイプにテラスタルさせることで弱点が無くなる というのを売りにしている。
チラりと放送画面をみやると、体調不良を心配するコメントが多く散見された。
ステージ周りのギャラリーも明らかに平常ではない彼女の動向に、心配なのかザワついているようだ。
「っ…… ご、ごめーんっ挑戦者氏!!皆の者!! その、今日ちょーっと挑戦者が多くてさぁ……、ボク……疲れちゃってるのかも!」
なんとか歪んだ作り笑いで場をおさめる。
普段なら絶対に出さない弱音ではあるが、しかし免罪符は出来た。
これで以降のジムチャレンジ対応は断れる。あとはこのジム戦さえ耐え抜けばトイレに行ける。
(んんんっ……もうちょっと、だから……ボク、なんとか……耐えてっ)
押さえる左手と括約筋に、尚一層の力を籠めて踏ん張り、テラスタルオーブを構える。
きっとこれさえ凌げばと、いざやムウマージをテラスタルさせる。
「ニャローテ!!こっちも行くよ!!」
挑戦者も同時にニャローテをテラスタルさせる。
(う、そ…っ……)
自分のテラスタルの衝撃だけで危ういにも関わらず、はたしてこれはなんの嫌がらせだろうか。
対抗手段として尋常だが、今の彼女にとっては、此方の状況を見据えた児戯としか思えなかった。
二つの発生源より放たれた強風と光が
そしてステージを覆い尽くす。
じゅっ…
(~~~っ!!)
下着に温もりが奔った。
(やっ! まだっダメっ…… 止、ま……っ)
が、今ならきっと周りにもみえないだろうと本気で押さえたことで、なんとか決壊は免れた。
しかし、もはや一切の猶予は無い。
じきにテラスタルオーブより放たれた光と風が止み、テラスタルした二体が姿を現す。
「んっ、ふーっ……」
荒れた深呼吸をし、ジムリーダーとしての理性を飾る。
「ムウマージっ…… たたりめ!!」
「ニャローテ!!でんこうせっかで躱して!!」
ニャローテが最高速で駆け出し、ムウマージの攻撃を瞬時に避ける。
「今!そのままタネばくだん!!」
ニャローテが首元の蕾を構える。
「ぅあっ ムウマージ、避けー」
尿意に判断能力を削がれ、僅かに指示が遅れた。
その一瞬を逃すまいと、ニャローテのヨーヨーのような蕾を以たタネばくだんが放たれる。
遅れた指示を聴き、咄嗟に避けようとするムウマージをしかし加速しきる前に蕾が捉える。
フィールド全域を覆わんとするほどの大爆発が起きる。
ジム戦を撮影しているナンジャモのスマホロトムが、巻き込まれないようフィールドを離れる。
その鮮烈な土煙と爆風に、周囲のギャラリーすらも身動いでいた。
刹那、テラスタルの砕ける音が響く。
煙の中よりムウマージが飛び出し、そしてナンジャモ後方の地面へ叩きつけられた。
だが、挑戦者より煙で分かたれたギャラリーの側。それら視線はムウマージには無く。
遥か手前、水音のする方へ寄せられていた。
土煙が晴れ、おもむろに戦況が見える。
自分のニャローテは無事、彼方奥で突っ伏すナンジャモさんのムウマージは
テラスタルが解除されていることからきっと倒せたのだろう。
それにしては、こと今に至るまで戦闘不能のコールや歓声が湧かず、また彼女の配信の様子もない。
静けさに奇妙さを抱え、しかし感謝は述べるべく、咳ばらいをしたのちナンジャモへと駆け寄る。
「ナンジャモさん!バトルありがとうございま……」
見えたのは、顔を真っ赤にし力なく座り込むジムリーダーと、それを中心に広がる水溜まり。
口から出かけていた感謝の言葉と足を止め、ただ見下ろすことしかできなかった。
ー
地面に叩き付けられ、戦闘不能となったムウマージを映した放送は、しかし突然終了した。
直前、途切れ途切れに聞こえたのは 「ロトム、放送やめて」 という消え入りそうな声。
後もこの日の放送について彼女は頑なに触れず、
また当時のギャラリーや果ては挑戦者までもがその一切を噤んだという。
それは懇願、あるいは保身。またあるいは独占。
各々の、錯綜した思惑故に。