Artist's commentary
ウクライナ戦争におけるロシア非正規軍団人物伝②
プリゴジン・エヴゲーニー・ヴィクタラヴィッチ
1961年6月1日レニングラード(現サンクトペテルブルク)生まれ。1977年に第62全寮制スポーツ学校を卒業。
1979年11月29日、レニングラード・クイビシェフスクー地区裁判所にて窃盗罪執行猶予2年の判決を受ける。1981年レニングラード・ジダーナフスキー地区裁判所にて窃盗、暴行、詐欺、未成年を犯罪活動に参加させたことによって禁固13年の判決が下された。1988年には特赦となり1990年には矯正所を出所した。
出所後レニングラードでホットドッグの販売網を構築する。そして1993年にはスーパーマーケット「コントラスト」の経営者となった。1995年には店は10店舗までに成長させた。さらに同年にはバー「クラブ・バスルーム」をサンクトペテルブルクのヴァシリエフスキー島に開業。1996年には「コンコルド・ケータリング」というケータリングサービスを開始。同年12月にはパートナー達とともにサンクトペテルブルクで初の上流階級向けレストラン「過ぎし日の税関所」をザラギーチェスキー大学の建物内に開業。レストランは最初の1年間で100万ドルを稼いだ。
1998年春、「ニューアイルランド」というレストランをサンクトペテルブルクの金融・行政機関街にオープンさせた。ここからプリゴジンの政財界との繋がりが一気に増えていく。
そしてこのレストランにはプーチンも通うようになった。そしてプーチンがロシア連邦大統領となった2000年代前半には、レストランにフランスのシラク大統領やアメリカのブッシュ大統領など国外の要人との食事に利用されたり、さらにはプーチン大統領自身の誕生日を祝うのに使用されるなど、両者の関係は次第に親密なものとなっていった。
このことからプリゴジンは「プーチンの料理人」と呼ばれるようになっていった。
2000年代から2010年代にかけてファーストフード業界への参入や食品加工工場の建設、飲食業界での
そしてその伝手でプリゴジンの「コンコルド・ケータリング」は軍の基地内での食堂へのケータリングサービスや学校へのケータリングサービスを次々と受注していく事になる。
いくつかの食中毒や不祥事を起こすがプーチン大統領と親密なプリゴジンに捜査もマスコミも深入りすることは無かった。
2010年代中盤に、現在のプリゴジンの名を世界的に有名にする「ワグネル」と「インターネット検索代理店」を立ち上げる。
ワグネルは、2013年前後に発足された。当初こそ軍の特殊部隊出身者を中心に組織され、シリアやクリミア危機、そしてアフリカ・アジア諸国などロシアにとって国家的利益と権益を要する国々に対して表立って正規軍を派遣できない状況下で活動を行ってきた。
そして現在ウクライナ戦争下では、初戦で大打撃を受け再編成に手間取る正規軍の穴埋めとして囚人を使って部隊を編成し非人道的な戦闘と占領地での残虐行為を行いながら戦線の維持を行ったことで一躍有名になっていった。
また戦線を支えている自負がいつしか正規軍を見下すようになり、さらには正規軍に命令をするようになるなどロシア国内でも問題視されるようになり、軍との関係も悪化している。
さらに、オーナーであるプリゴジンが政治活動への進出も口にするようになると今まで良好だったプーチンとの個人的な関係も今後どのようになっていくか注目されている。
ついでながら「インターネット検索代理店」はプリゴジンがネット世論操作を目的に立ち上げた組織である。
ロシア国内外の世論誘導を行っており、アメリカ大統領選挙での世論誘導にも関わっている事が発覚している。

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